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ある日、どこかから声が聞こえました。
遠いような、近いような、不思議な声です。
声が私に聞きます。
「空はどんな色ですか?」
私は、おどろきながら答えます。
「空は、青です。」
声がまた聞きます。
「風はどんな匂いですか?」
私は答えます。
「風は、やさしい匂いです。」
声がまた聞きます。
「おいしいものは、何ですか?」
私は答えます。
「おいしいものは、好きなものです。」
声がまた聞きます。
「楽しいことは、何ですか?」
私はうれしくなって、答えます。
「楽しいことは、あなたと話すことです。」
声がまた聞きます。
「あなたは、誰ですか?」
私はおどろきながら、答えます。
「あなたこそ、誰ですか?」
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あれから、一ヶ月が過ぎました。
ある日、私は聞きます。
「空は、どんな色ですか?」
「・・・・・・・・」
「風はどんな匂いですか?」
「・・・・・・・・」
「おいしいものって、何ですか?」
「・・・・・・・・」
「楽しいことは、何ですか?」
「・・・・・・・・」
...............................................................................................................................................
あなたは、ほほえんでいます。
ほほえみながら、空が青いことも、風の匂いも、おいしいもののことも、楽しいことも、きっと確かめているのでしょう?
その小さな体全部で・・・。
ねえ、私の赤ちゃん。
あなただったのね。
また知りたいことができたら、もう一度私に聞いてね。
だって、私はあなたのママなのだから・・・。
僕は木。
冬になると葉っぱをすべて落とす木があるけど、僕は一年中その姿。
そして、僕はここにもいるときもあれば、違うところにもいる。
僕はどこにだっている。
だけど、人は誰も僕を知らない。
見ない、いや見えていないんだ。
僕は、透明な木。
僕の細い枝には大切な役目がある。
僕のそれは優しい手のように、人が流した悲しい涙を拭き取ってあげている。
透明でしなやかな優しい手は、泣いている人のそばで涙を吸いとる、悲しみとともに。
ただ、人の悲しい涙は実は僕の養分で、僕に気づきもしない人の悲しい涙など、そうでなかったら近寄りたくもないんだ。
ある日、いつものように僕は感じた。
悲しみに満ちた心、今にもあふれそうな悲しみ。
まもなく流れるはずの涙を求めて、僕は人知れずその心の持ち主に近づいた。
ところが彼女はいつまで待っても涙を流さない。
なぜ?
心はもう泣いているじゃないか。
こんなに悲しみに震えて泣いているじゃないか。
なのに、なのに、ああ彼女は微笑んでいるんだ。
友達に囲まれ楽しそうに笑いながら街を歩くくせに、彼女は心で泣いているんだ。
仕方がないので、僕は彼女について回った。
僕がここを去ったとたんにも、彼女はきっと泣くに違いない。
僕はどうしても彼女の涙を拭かなくちゃ、いつのまにかそんな気持ちになっていた。
彼女がなかなか泣かないので、僕は少し疲れた。
その涙を僕にちょうだいよ。
お腹が空いた僕は、ちょうど通りかかった泣いている男の涙を拭いてやった。
だけど、違った。
僕は彼女の涙を拭きたいんだ。
いつの間にか、養分を摂ることよりも、ただいつ彼女の涙が流れるかが気になって仕方がなくなっていた。
ただ意地になっていただけなのかもしれない。
それでも、僕は彼女について回るあいだ、他の人の涙に見向きもしなくなった。
やがて僕の自慢の優しい手はしんなりと下を向くようになった。
僕の透明な体も水分をなくし、からからになっていくのが分かった。
それでも僕は、彼女の涙だけを待った。
あるとき彼女が泣かない理由が分かった。
ずっと遠くにいる彼女の恋人が「遠くにいても君の笑顔を思い浮かべるから、きっといつも笑顔でいてほしい」と言ったからだった。
彼女は、恋人のために一生懸命がんばっていたんだ。
本当は寂しくて会いたくて、泣きたかったのに・・・・・。
彼女が泣かない理由が分かったとき、何かが僕の中で燃え上がった。
僕は初めて気がついた。
彼女が好きだった。
恋をしていた。
透明な僕に、気づきもしない彼女に。
あんなにそばにいた僕に、気づきもしなかった彼女に。
僕のからからに乾いた体の中で、熱い思いは燃え上がり僕の手も体ごと燃やしだした。
透明な木の僕が燃えて炎にくるまれたとき、彼女が僕に気がついてこちらを見ていることを知った。
というか、何もないところに突然炎が現れたので、道行く人がみんな僕のほうを見ていた。
・・・ようやく、人は僕に気がついた。
ようやく、彼女も僕に気がついた。
もう僕は透明な木じゃないんだ。
でも、でもね、ごめんよ。
僕は君の涙を拭きたかった。
養分じゃない君の悲しみを吸い取ってあげたかった。
あんなにそばにいたのに、何もしてあげられなくて、本当にごめんね。
そのとき僕は炎の中で気がついた。
彼女が泣いている。
燃え上がる僕を見て泣いている。
せっかく恋人のために泣かないで頑張ってきたのに、怖がらせてしまったのかな。
ごめんね。
とうとう君が泣いたのに、僕はもうその涙を拭いてあげることも出来ない。
ごめんね。
好きだったのに、泣かせてしまって・・・・
透明な木は、やがて燃え尽き、白い煙がくもった空へと登っていった。
跡形もなく燃え尽きた木のことなど、人々の心には一片も残らなかった。
「なに泣いてるの?珍しいじゃない?」
友達の問いかけに、泣いていた彼女は答えた。
「ずっと大切に見守られていたような、そんな気がしてたんだけど、さっき急にその感じが消えてしまって。
なんか、つっかえていたものが急に込み上げてきちゃったみたい。
なんだろう、なんか大事なものが消えちゃったみたいな・・・・。」
彼女はそう言って手の甲で涙を拭いた。
透明な木には、もうその声は届かなかった。
ずーっと昔、僕がまだ小さかった頃、川上にある町でボールを川に流してしまった。
赤いボールだった。
川下の町に引っ越してから、僕はボールを探している。
あの赤いボールに、ただ逢いたくて。
僕の住む町には、縦に流れる川がある。
川は僕の家を過ぎると、どんどん広くなって、そして海へと出て行く。
川上の町からはいろんな物が流れてくる。
川下に住む僕は、学校から帰ると、棒を継ぎ足して作った特製の網を持って川に行き、流れてくるボールを拾う。
どこかで子供が投げたか蹴ったか、ボールはよく流れてくる。
今日流れてきたのは、黒いボール。
網ですくって、拭いてやった。
中から白いボールが、うれしそうに顔を出した。
「もう汚れるのは嫌だ。」というので、また川に流してやった。
そして海まで流れていった。
次の日に流れてきたのは、緑のボール。
網ですくって拭いてやろうとすると、嫌がるように手から滑り落ち、川に飛び込んだ。
そして海へと流れていった。
あるとき流れてきたのは、赤いボールだった。
僕は少しどきどきしながら網ですくい上げた。
思っていたより大きい気がしたけど、あんまりちゃんと覚えていないんだ。
拭いてやりながら、このボールが固いのに気がついた。
「僕をおぼえてるかい。」と聞いてみた。
その時声がした。
「パパ、あのボール。」と女の子。
「あんまり走ると転ぶぞ。」と、息を切らせた男の人。
二人は、僕の持っている赤いボールを見て言った。
「さっき流してしまったボールかもしれないんだけど・・・。」
ボールが少し柔らかくなった気がした。
「今、拾ったんだ。」と返してあげた。
「ありがとう。」女の子と父親はそう言って、もと来た道を帰っていった。
僕の赤いボールじゃなかった。
またあるとき流れてきたのは、青いボール。
川の青に溶け込んでいて見失いそうになったけど、網ですくい上げた。
いつものように拭いてやっても、青いボールは濡れたままだった。
泣いてるんだ。
今日の空は青空。
僕は空めがけて思いっきりそのボールを投げた。
青いボールはきらりと太陽の光を反射させ、消えた。
気分が少しは、変わったかなあ。
その後流れてきたのは、黄色のボール。
すくってやると、すっかり空気が抜けていた。
家に持って帰って、空気を入れてやった。
大喜びで飛び跳ねて、黄色いボールはそのまま川に飛び込んだ。
海にたどり着けるだろう。
そしてまた、赤いボールが流れてきた。
網ですくい上げたボールに、消えかけの僕の名前が書いてあった。
「やっと逢えた。」
赤いボールは思っていたよりずっと小さくて、僕は驚いた。
このボールで遊んでいた僕は、今よりずっとずっと小さくて、このボールが本当よりももっともっと大きく見えていたんだ。
拭いてやりながら聞いた。
「僕をおぼえているかい。」
「大きくなったね。」と、赤いボールはますます赤くなりながら答えた。
そしてころんと一回転して、川に入っていった。
海へ向かったんだ。
いつか海は、たくさんのボールでいっぱいになるかもしれない。
いろんな想いを運んで海へ流したボールたちは、それからどうするのだろう。
キラキラ月明かりに照らされて、海の星になるのかもしれない。
僕は、たくさんのたくさんのボールが海へ向かうのを見てきた。
みんな、未知の世界へ向かっていたんだ。
僕もそろそろ、出発のときかもしれない。
未知の、未来へ。
もう赤いボールを探すことはない。
僕はそっと網を置き、家へ帰った。
僕とあの子の指定席からは、小さなマンションが見える。
僕の大好きなあの子の、お気に入りの窓は、3階の右端の窓。
幼稚園ぐらいの女の子が、ベランダの柵の間から僕らに手を振ってくれる。
僕とあの子は、毎朝その女の子に聞こえるように、大きな声で歌うことにしていた。
今日一番に窓を開けたのは、一階の右端に住むおじさん。
夏と違って、寒い冬にはみんななかなか窓を開けないんだ。
おじさんはベランダに出て、大きく深呼吸して「さむ~!」と言った。
僕に言ったのかと思って、慌てて返事をしようとしたら、部屋の中から「今日も寒い~?」と奥さんの声がした。
なんだ、つまんないの・・・・。
そうしたら、今度は2階の右から3番目の部屋の窓が開き、洗濯物を干すために女の人が出てきた。
朝にはみんなわりとぼさぼさの格好なのに、その女の人はきちんとスーツを着て化粧までしている。
あの人は洗濯物を干して子どもたちが学校へ出かけたら、今度は自分が仕事に出かけるんだ。
ある時の昼間に雨が降って、その人は夕方帰ってからベランダでがっくりしていたっけ。
せっかく早起きして干した洗濯物が、びしょぬれになっていたから・・・。
今日は雨が降らないといいな。
1階の左端の家には、男の子が3人いてとてもやかましい。
ついでに言うと、お母さんが3人まとめて叱るときの声も相当大きくて、僕とあの子が気持ちよくおしゃべりしていてもかき消されちゃう。
あの子はよく言っていた。
「私に子どもができたら、あんなふうに大声で叱ったりしないで、いっしょに歌うわ」
そんなにうまくいくかな、と僕が言うと、「多分」とあの子は笑った。
僕とあの子の指定席は、小さなマンションの窓がよく見える3本の電線のうちの一本。
僕らは毎朝毎朝、そこで歌ったりおしゃべりしたりした。
マンションに住む人たちを眺めながら、大きな空の下で、僕とあの子は毎日楽しく過ごしていた。
ある日、いつもの女の子がベランダの柵の間から手を振ろうとした。
そしてその手を止めて、「ママー」と部屋に戻った。
きっとこんなことを言っているのだろう。
「今日は鳥さん、一人しかいないよ。」と。
そしてママはきっと「鳥さんは一羽二羽って数えるのよ。」と律儀に訂正するんだ。
それからいっしょに窓からこっちを見て「本当だね。どうしたのかなあ。」と言うんだ。
あの子がいなくなってからも、僕は一人でいつもの場所にいる。
僕の大好きなあの子は、今日もやってこない。
分かっているけれど、淋しくて淋しくて、僕はいつもより大きな声で鳴いた。
今日も、また今日も、そのまた次の今日も、3階の女の子は手を振ろうとしてやめた。
一階のおじさんは「さむ~」という代わりに「あれ?」と言った。
その部屋の中から「どうしたの?」という声が聞こえた。
いつものように洗濯物を干すスーツの女の人も、ちょっとの間手を止めこっちを見ていた。
一階の男の子3人とお母さんが、珍しく静かに僕を見ている。
ねえ、みんな気付いてくれたんだね。
大好きなあの子がいなくなっちゃった。
いつもと同じように、僕は指定席にいるけれど、マンションはいつものようにいろんな人がいるけど、僕の大好きなあの子はいなくなってしまったよ。
ねえ、みんなの顔が見られたから、僕もそろそろ行くよ。
この場所が大好きだったあの子がいないから、僕もこの場所をさよならするよ。
みんな元気でね。
まだ先のことになるけど、いつかこの大空のどこかであの子と歌うんだ。
大好きなあの子といっしょにね。
ふたりの歌声が、またみんなに届くように、僕とあの子は大空で歌うよ。
まだ先のことだけど、みんな忘れないでいて、耳を澄ませていてね・・・・。
この指定席は、このまま空けておくとしよう。
あの子が戻ってきたときのために。
僕と大好きなあの子のために、ずっとこのままで・・・。