[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ずーっと昔、僕がまだ小さかった頃、川上にある町でボールを川に流してしまった。
赤いボールだった。
川下の町に引っ越してから、僕はボールを探している。
あの赤いボールに、ただ逢いたくて。
僕の住む町には、縦に流れる川がある。
川は僕の家を過ぎると、どんどん広くなって、そして海へと出て行く。
川上の町からはいろんな物が流れてくる。
川下に住む僕は、学校から帰ると、棒を継ぎ足して作った特製の網を持って川に行き、流れてくるボールを拾う。
どこかで子供が投げたか蹴ったか、ボールはよく流れてくる。
今日流れてきたのは、黒いボール。
網ですくって、拭いてやった。
中から白いボールが、うれしそうに顔を出した。
「もう汚れるのは嫌だ。」というので、また川に流してやった。
そして海まで流れていった。
次の日に流れてきたのは、緑のボール。
網ですくって拭いてやろうとすると、嫌がるように手から滑り落ち、川に飛び込んだ。
そして海へと流れていった。
あるとき流れてきたのは、赤いボールだった。
僕は少しどきどきしながら網ですくい上げた。
思っていたより大きい気がしたけど、あんまりちゃんと覚えていないんだ。
拭いてやりながら、このボールが固いのに気がついた。
「僕をおぼえてるかい。」と聞いてみた。
その時声がした。
「パパ、あのボール。」と女の子。
「あんまり走ると転ぶぞ。」と、息を切らせた男の人。
二人は、僕の持っている赤いボールを見て言った。
「さっき流してしまったボールかもしれないんだけど・・・。」
ボールが少し柔らかくなった気がした。
「今、拾ったんだ。」と返してあげた。
「ありがとう。」女の子と父親はそう言って、もと来た道を帰っていった。
僕の赤いボールじゃなかった。
またあるとき流れてきたのは、青いボール。
川の青に溶け込んでいて見失いそうになったけど、網ですくい上げた。
いつものように拭いてやっても、青いボールは濡れたままだった。
泣いてるんだ。
今日の空は青空。
僕は空めがけて思いっきりそのボールを投げた。
青いボールはきらりと太陽の光を反射させ、消えた。
気分が少しは、変わったかなあ。
その後流れてきたのは、黄色のボール。
すくってやると、すっかり空気が抜けていた。
家に持って帰って、空気を入れてやった。
大喜びで飛び跳ねて、黄色いボールはそのまま川に飛び込んだ。
海にたどり着けるだろう。
そしてまた、赤いボールが流れてきた。
網ですくい上げたボールに、消えかけの僕の名前が書いてあった。
「やっと逢えた。」
赤いボールは思っていたよりずっと小さくて、僕は驚いた。
このボールで遊んでいた僕は、今よりずっとずっと小さくて、このボールが本当よりももっともっと大きく見えていたんだ。
拭いてやりながら聞いた。
「僕をおぼえているかい。」
「大きくなったね。」と、赤いボールはますます赤くなりながら答えた。
そしてころんと一回転して、川に入っていった。
海へ向かったんだ。
いつか海は、たくさんのボールでいっぱいになるかもしれない。
いろんな想いを運んで海へ流したボールたちは、それからどうするのだろう。
キラキラ月明かりに照らされて、海の星になるのかもしれない。
僕は、たくさんのたくさんのボールが海へ向かうのを見てきた。
みんな、未知の世界へ向かっていたんだ。
僕もそろそろ、出発のときかもしれない。
未知の、未来へ。
もう赤いボールを探すことはない。
僕はそっと網を置き、家へ帰った。