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僕とあの子の指定席からは、小さなマンションが見える。
僕の大好きなあの子の、お気に入りの窓は、3階の右端の窓。
幼稚園ぐらいの女の子が、ベランダの柵の間から僕らに手を振ってくれる。
僕とあの子は、毎朝その女の子に聞こえるように、大きな声で歌うことにしていた。
今日一番に窓を開けたのは、一階の右端に住むおじさん。
夏と違って、寒い冬にはみんななかなか窓を開けないんだ。
おじさんはベランダに出て、大きく深呼吸して「さむ~!」と言った。
僕に言ったのかと思って、慌てて返事をしようとしたら、部屋の中から「今日も寒い~?」と奥さんの声がした。
なんだ、つまんないの・・・・。
そうしたら、今度は2階の右から3番目の部屋の窓が開き、洗濯物を干すために女の人が出てきた。
朝にはみんなわりとぼさぼさの格好なのに、その女の人はきちんとスーツを着て化粧までしている。
あの人は洗濯物を干して子どもたちが学校へ出かけたら、今度は自分が仕事に出かけるんだ。
ある時の昼間に雨が降って、その人は夕方帰ってからベランダでがっくりしていたっけ。
せっかく早起きして干した洗濯物が、びしょぬれになっていたから・・・。
今日は雨が降らないといいな。
1階の左端の家には、男の子が3人いてとてもやかましい。
ついでに言うと、お母さんが3人まとめて叱るときの声も相当大きくて、僕とあの子が気持ちよくおしゃべりしていてもかき消されちゃう。
あの子はよく言っていた。
「私に子どもができたら、あんなふうに大声で叱ったりしないで、いっしょに歌うわ」
そんなにうまくいくかな、と僕が言うと、「多分」とあの子は笑った。
僕とあの子の指定席は、小さなマンションの窓がよく見える3本の電線のうちの一本。
僕らは毎朝毎朝、そこで歌ったりおしゃべりしたりした。
マンションに住む人たちを眺めながら、大きな空の下で、僕とあの子は毎日楽しく過ごしていた。
ある日、いつもの女の子がベランダの柵の間から手を振ろうとした。
そしてその手を止めて、「ママー」と部屋に戻った。
きっとこんなことを言っているのだろう。
「今日は鳥さん、一人しかいないよ。」と。
そしてママはきっと「鳥さんは一羽二羽って数えるのよ。」と律儀に訂正するんだ。
それからいっしょに窓からこっちを見て「本当だね。どうしたのかなあ。」と言うんだ。
あの子がいなくなってからも、僕は一人でいつもの場所にいる。
僕の大好きなあの子は、今日もやってこない。
分かっているけれど、淋しくて淋しくて、僕はいつもより大きな声で鳴いた。
今日も、また今日も、そのまた次の今日も、3階の女の子は手を振ろうとしてやめた。
一階のおじさんは「さむ~」という代わりに「あれ?」と言った。
その部屋の中から「どうしたの?」という声が聞こえた。
いつものように洗濯物を干すスーツの女の人も、ちょっとの間手を止めこっちを見ていた。
一階の男の子3人とお母さんが、珍しく静かに僕を見ている。
ねえ、みんな気付いてくれたんだね。
大好きなあの子がいなくなっちゃった。
いつもと同じように、僕は指定席にいるけれど、マンションはいつものようにいろんな人がいるけど、僕の大好きなあの子はいなくなってしまったよ。
ねえ、みんなの顔が見られたから、僕もそろそろ行くよ。
この場所が大好きだったあの子がいないから、僕もこの場所をさよならするよ。
みんな元気でね。
まだ先のことになるけど、いつかこの大空のどこかであの子と歌うんだ。
大好きなあの子といっしょにね。
ふたりの歌声が、またみんなに届くように、僕とあの子は大空で歌うよ。
まだ先のことだけど、みんな忘れないでいて、耳を澄ませていてね・・・・。
この指定席は、このまま空けておくとしよう。
あの子が戻ってきたときのために。
僕と大好きなあの子のために、ずっとこのままで・・・。