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僕は木。
冬になると葉っぱをすべて落とす木があるけど、僕は一年中その姿。
そして、僕はここにもいるときもあれば、違うところにもいる。
僕はどこにだっている。
だけど、人は誰も僕を知らない。
見ない、いや見えていないんだ。
僕は、透明な木。
僕の細い枝には大切な役目がある。
僕のそれは優しい手のように、人が流した悲しい涙を拭き取ってあげている。
透明でしなやかな優しい手は、泣いている人のそばで涙を吸いとる、悲しみとともに。
ただ、人の悲しい涙は実は僕の養分で、僕に気づきもしない人の悲しい涙など、そうでなかったら近寄りたくもないんだ。
ある日、いつものように僕は感じた。
悲しみに満ちた心、今にもあふれそうな悲しみ。
まもなく流れるはずの涙を求めて、僕は人知れずその心の持ち主に近づいた。
ところが彼女はいつまで待っても涙を流さない。
なぜ?
心はもう泣いているじゃないか。
こんなに悲しみに震えて泣いているじゃないか。
なのに、なのに、ああ彼女は微笑んでいるんだ。
友達に囲まれ楽しそうに笑いながら街を歩くくせに、彼女は心で泣いているんだ。
仕方がないので、僕は彼女について回った。
僕がここを去ったとたんにも、彼女はきっと泣くに違いない。
僕はどうしても彼女の涙を拭かなくちゃ、いつのまにかそんな気持ちになっていた。
彼女がなかなか泣かないので、僕は少し疲れた。
その涙を僕にちょうだいよ。
お腹が空いた僕は、ちょうど通りかかった泣いている男の涙を拭いてやった。
だけど、違った。
僕は彼女の涙を拭きたいんだ。
いつの間にか、養分を摂ることよりも、ただいつ彼女の涙が流れるかが気になって仕方がなくなっていた。
ただ意地になっていただけなのかもしれない。
それでも、僕は彼女について回るあいだ、他の人の涙に見向きもしなくなった。
やがて僕の自慢の優しい手はしんなりと下を向くようになった。
僕の透明な体も水分をなくし、からからになっていくのが分かった。
それでも僕は、彼女の涙だけを待った。
あるとき彼女が泣かない理由が分かった。
ずっと遠くにいる彼女の恋人が「遠くにいても君の笑顔を思い浮かべるから、きっといつも笑顔でいてほしい」と言ったからだった。
彼女は、恋人のために一生懸命がんばっていたんだ。
本当は寂しくて会いたくて、泣きたかったのに・・・・・。
彼女が泣かない理由が分かったとき、何かが僕の中で燃え上がった。
僕は初めて気がついた。
彼女が好きだった。
恋をしていた。
透明な僕に、気づきもしない彼女に。
あんなにそばにいた僕に、気づきもしなかった彼女に。
僕のからからに乾いた体の中で、熱い思いは燃え上がり僕の手も体ごと燃やしだした。
透明な木の僕が燃えて炎にくるまれたとき、彼女が僕に気がついてこちらを見ていることを知った。
というか、何もないところに突然炎が現れたので、道行く人がみんな僕のほうを見ていた。
・・・ようやく、人は僕に気がついた。
ようやく、彼女も僕に気がついた。
もう僕は透明な木じゃないんだ。
でも、でもね、ごめんよ。
僕は君の涙を拭きたかった。
養分じゃない君の悲しみを吸い取ってあげたかった。
あんなにそばにいたのに、何もしてあげられなくて、本当にごめんね。
そのとき僕は炎の中で気がついた。
彼女が泣いている。
燃え上がる僕を見て泣いている。
せっかく恋人のために泣かないで頑張ってきたのに、怖がらせてしまったのかな。
ごめんね。
とうとう君が泣いたのに、僕はもうその涙を拭いてあげることも出来ない。
ごめんね。
好きだったのに、泣かせてしまって・・・・
透明な木は、やがて燃え尽き、白い煙がくもった空へと登っていった。
跡形もなく燃え尽きた木のことなど、人々の心には一片も残らなかった。
「なに泣いてるの?珍しいじゃない?」
友達の問いかけに、泣いていた彼女は答えた。
「ずっと大切に見守られていたような、そんな気がしてたんだけど、さっき急にその感じが消えてしまって。
なんか、つっかえていたものが急に込み上げてきちゃったみたい。
なんだろう、なんか大事なものが消えちゃったみたいな・・・・。」
彼女はそう言って手の甲で涙を拭いた。
透明な木には、もうその声は届かなかった。